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高松高等裁判所 昭和43年(ラ)19号 決定 1970年9月21日

抗告人 広瀬元子(仮名)

相手方 今井昇(仮名) 外一名

主文

原審判を取り消す。

理由

一件記録によると、本件遺産分割審判事件については、昭和四二年六月一日申立人(抗告人)より原裁判所に対し、右審判の申立を取り下げる旨の取下書が提出されていることが明らかであるから、右審判事件はこれによつて終了したものといわなければならない。もつとも、右取下につき、相手方がいずれも不同意である旨の意思を表明していることは記録上明らかであるけれども、家事審判の申立の取下については相手方の同意を要しないと解するのが相当であるから、相手方が右取下に不同意であるからといつて、その故に右取下が無効であると認めることはできない。けだし、家事審判の申立の取下について相手方の同意を要する旨の明文の規定があるわけではなく、また、審判に既判力が認められない以上民訴法二三六条二項を類推適用することもできないからである。申立の取下に相手方の同意を要しないとすることから生ずる事実上の不利益は、相手方がみずから審判の申立をすることにより容易に免れることができるのである。

以上のとおりであるとすると、原審判は審判手続が終了しているのになされた審判であつて、違法であることが明らかであるから、これを取り消すこととして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 橘盛行 裁判官 今中道信 藤原弘道)

参考 原審(高松家裁丸亀支部 昭四三・二・二九審判)

主文

被相続人今井文男(本籍坂出市○○町○、○○○番地)の遺産である別紙目録一記載の家屋を相手方今井昇の単独所有とする。

相手方今井昇は申立人に対し、金二九万八、八八八円を支払え。

審判ならびに調停に要した費用は各自弁とする。

理由

一 先ず本件審判事件が申立人の取下により終了したかどうかについて判断する。

申立人は本件審判事件を昭和四二年六月一日取下げたのであるが、本件審判手続は、職権審理主義による点において訴訟と趣を異にするけれども、その内容は私人間の紛争事件として訴訟と近似するところがあるので、取下については、訴訟と同様相手方の同意を要するものと解すべきところ、相手方等は、申立人の前記取下に同意しないばかりか、この際審判手続による紛争の解決を望んでいるので、本件審判手続は、前記申立人の取下によつて終了したものとはいえない。

二 共同相続人と相続分の確定

本件記録編編の各戸籍騰本によれば、被相続人今井文男は、昭和四一年一月二四日相手方ら住所において死亡し、本件遺産相続はこの時に開始し、その共同相続人は、被相続人の死亡当時の妻であつた亡今井徳子と、被相続人の実子である申立人および被相続人の養子である相手方両名とであること、そして、共同相続人の一人であつた前記今井徳子は昭和四二年一〇月一七日坂出市○町○丁目○番○○号において死亡し、その共同相続人はその養子である相手方両名であること、従つて、本件遺産相続における法定相続分は、申立人が九分の二、相手方らが九分の三、五ずつであることが認められる。

三 遺産の確定

申立人は、本件遺産として、別紙物件目録(一)記載の家屋および別紙物件目録(二)記載の一の家屋が存すると主張し、相手方らも右物件目録(一)記載の家屋が遺産であることは争わないところであり、かつ右家屋の登記簿謄本によると、右家屋が遺産であることは認められるけれども、前記物件目録(二)記載の共同住宅が遺産であることについては、これを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、却つて、右共同住宅の登記簿謄本、被審人井上正夫提出の覚書、図面、同被審人、被審人今井徳子(第一、二回)、相手方両名(いずれも第一、二回)各審問の結果によると、被相続人今井文男、大正八年春亡今井徳子と結婚した当時は、塩田、農地、家屋、宅地等相当の資産を有し、塩田業ならびに農業を営んでいたが、昭和の初めころこれらの資産を処分し、その大半を預金したほか国鉄○○駅前に家屋一棟を買い求め、その後定職につかないで右預金利子および右家屋を他に賃貸しての賃料とで生活していた。そして終戦を迎えたが、前記賃貸していた家屋は強制疎開により取り毀されていて、所有の不動産もなく、生活に困るようになつていた。このような時に相手方両名が被相続人および亡今井徳子の事実上の養子となり、今井徳子が昭和二一年六、七月ころ大沢和夫から金二万円を借り受けて前記強制疎開を受けた家屋の跡に建築した家屋で、食堂、パチンコ店、昭和二五年ころから相手方今井昇名義で○○業を営むなどして生計を支え、被相続人はいくらかこの手伝はしたものの余り働らかなかつた。しかし、右家屋については被相続人名義で保存登記をし、坂出市が昭和三二年から施行した都市計画街路事業において、右家屋が移転の対象となるや、被相続人がいわゆる今井家の代表として坂出市との契約当事者となり、右事業施行に伴う前記物件の移転補償等について契約し、右補償費のうち家屋移転補償費金二五〇万円の交付を受け、そのうち金二一九万円で別紙物件目録(一)記載の家屋を建築し、被相続人名義で保存登記をしたものの、相手方らとしては、現在右家屋が被相続人の遺産であることを認めながらも、なおこのことに不満を残し、他方相手方今井利子は、前記都市計画街路事業の施行による旅館の休業補償費金六〇万円に手持の資金を加え、前記旧旅館の古村の一部を使用して金八二万五、〇〇〇円で本件共同住宅を建築し、被相続人死亡後の昭和四一年三月二五日保存登記をしたものであることが認められ、右共同住宅は被相続人の遺産ではなく、相手方今井利子の所有にかかるものといわねばならない。

そうだとすると、本件遺産は別紙物件目録(一)記載の家屋だけということになり、他に遺産は見当らない。

四 特別受益者の有無

申立人は、別紙物件目録(二)記載の二ないし四の物件は亡今井徳子が被相続人から、同物件目録記載の五ないし八の物件は相手方今井利子が被相続人からそれぞれ生前に買つて貰つたもので、それだけ生前贈与を受けたことになると主張するけれども、右主張を認めるに足りる証拠は全くなく、却つて、右各物件の登記簿謄本、被審人瀬戸健一、同今井徳子(第二回)、相手方両名(第二回)各審問の結果によると、前記認定のとおり被相続人は終戦後定職につかず、相手方等の営む○○業等の手伝をしていた程度で他に収入はなく、相手方らの収入により、二ないし四の物件は昭和二三年六月三〇日金四万円で三橋徹から今井徳子名義で買い受けたものであり、五の家屋は相手方今井利子が建築したものであり、また六の物件は昭和二五年一二月六日本多豊から、七、八の物件は同年八月三一日島田節子から、いずれも亡今井徳子名義で買い受け取得したものであることが認められるので、右申立人の主張は採用の限りではない。尤も亡今井徳子所有名義の右三および坂出市○町○丁目○○○○番○○宅地六二・一一平方米につき、被相続人のため所有権移転請求権保全の仮登記が存するけれども、これは、何等原因がないのに、被相続人より亡今井徳子が先に死亡した場合のことを慮り、このような手続を履践していたものであることが前記被審人今井徳子審問の結果によつて窺うことができるので、右仮登記の存することが申立人主張のような生前贈与のあつたことの証拠となるものではない。

五 遺産分割につき斟酌さるべき事情

(イ) 申立人側の事情

申立人は、大正三年一二月一二日被相続人と亡今井恵子間の長女として出生したが、間もなく右恵子が死亡したため、継母の亡今井徳子に養育され、昭和一八年一一月三日広瀬護と婚姻し、同人との間に二男一女をもうけ、会社員の夫の収入と自己が日通の嘱託として稼働して子供を養育し生活は楽ではないが、結婚の際はそれ相当の支度をして貰つたうえ金一、〇〇〇円の持参金をもつていつたものである。

(ロ) 相手方側の事情

相手方両名は夫婦であるが子供はなく、前記のように本件遺産である前記家屋において○○業を営んで生計をたて、相手方今井利子は、本件遺産分割については、右家屋を相手方今井昇の所有に帰せしめるだけで、相手方今井昇から自己の相続分に見合う金銭の支払を受けなくともよい旨述べている。

五 右のような事情のもとにおいては、本件遺産である別紙物件目録(一)記載の家屋は、相手方今井昇の単独所有とするのが相当であるから、これを相手方今井昇の単独所有とし、鑑定人今田茂義の鑑定の結果によると、右家屋の価格は金一三四万五、〇〇〇であることが認められるので、相手方今井昇をして申立人の相続分の価額金二九万八、八八八円を申立人に支払わせることとし、審判ならびに調停手続費用の負担について家事審判法第七条非訟事件手続法第二六条第二七条を適用して、主文のとおり審判する。

(家事審判官 美山和義)

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